ピアノも50歳。不調の原因は老化じゃない
ピアノの「ド」の音がひとつ、なんだかおかしい。
「ド」が鳴らない!
そう思ったのは、調律して3か月ほどが過ぎた今年3月末。突然、その音がひとつ、かすかに割れて響くようになった。
ど真ん中の「ド」から1オクターブ高い位置にある「ド」。何を弾くにも、ものすごく頻度が高い。その音にさしかかるたびに気持ち悪くて、ムズムズする。
一刻も早く直したかったけど、冬の乾燥期は音がズレやすいと聞いていたので、季節が移ろえば元に戻るかもしれないと淡い期待を抱いて、春になるのを待ってみた。
4月になっても戻らなかった。4月末まで待ってみたけどダメだった。
もう限界。
というわけで、毎年お願いしている調律師のIさんに連絡をとった。私と娘は、Iさんを「ピアノのお医者さん」と呼んでいる。
「これはつらかったですね」
コロナ禍ではあるけれど、少しずつ通常の暮らしが戻りつつある今、調律を頼む人も増えているようで、なかなか順番が回ってこない。ようやくIさんが我が家に来てくれたのは、6月初めのことだった。
ピアノのお医者さんは、その音を鳴らすや否や、「これはつらかったですね」と一言。
「はい、つらかったです」
早速、ピアノの板を開けて、内部を診察し始めた。何やら1本のピンをしめ直したり、いろいろしていたが、最終的にはそのピンを抜き、新しいピンに変えて、弦を丁寧に巻きなおすという細かい作業が施された。
ピアノは木だから、乾燥に弱い。冬はピアノにとって試練の時期だ。ピアノの体躯である内部の木から水分が抜けて痩せてしまうため、弦を止めているピンが緩んでしまうことがあるんだって。
空気中の湿度が上がって木の水分が戻ったら、ある程度戻ることもあるらしいのだけど、今年の乾燥はひどかったようだ。
老化?……いや、そうじゃない!
しかも、ここはマンション。気密性が高い分、乾燥の度合いが一軒家の比ではないらしい。
さらに我が家のピアノは、私と同世代の1974年製。私が4歳のときに実家にやってきたので、もうすぐ50歳を迎える。ゆえに、その体もそれなりに老化してきたのだろう……と私は思っていたのだが、「それは違う」とピアノのお医者さんは否定した。
日本の家屋(一軒家)は湿度をとり入れるので、ピアノにとっては優しい環境なんだって。
数十年、この子(ピアノ)は実家で心地よく暮らしていたのに、数年前、突然、トラックに載せられて移動させられ、しかも気密性の高い(=乾燥著しい)マンションに連れてこられた。その環境の変化に驚いている……いや、ショックを受けているってことだろう。
とにかく、突然の極度の乾燥に、体(木)からいっきに水分が抜けて痩せてしまい、弦を止めているピンが緩んでしまったのだ。緩んだピンを無理やりねじ込んで、もしも木にヒビが入ったら、ピアノそのものが傷んでしまう。
だから、元のピンを抜き取って、ほんの少し直径の大きいピンに交換するという治療になった。抜き取られたピンを記念に持っておくことにした。50年間の仕事を終えたそのピンが、なんだかとても愛おしい。大事にしようっと。
50歳は元気だよ。ピアノも私も
弦の巻きを外してピンを抜き、新たなピンに弦を繊細に巻いてピアノの体躯に差し直す。「ド」の音ひとつの治療時間は1時間に及んだ。
治療が終わったピアノを早速、弾いてみた。きれいな「ド」になった。うれしい!
そうか。なんでもかんでも「老化」のせいにしちゃいけないんだな。音割れの原因は、老化じゃなくて、乾燥だった。
治療を終えたIさんは「このピアノはまだまだいけます」と言った。50年前のピアノは「木」がいいんだそうだ。
なんだか嬉しい。50歳は元気だよ。ピアノも私も。そんな気がした。
先日、ショパンのワルツ4番(猫のワルツ)を卒業して、今は同じくショパンのワルツ10番を弾いている。元気ではっちゃけた4番とはガラリと変わり、10番はしっとり落ち着いたワルツだ。
先週、「梅雨は鍵盤も重くなるから、しっとりいこう」と先生と話して、10番を選曲した。
本日、東京に「梅雨入り宣言」が出た。さあ、これから湿度が高くなる。ピアノにとってはよい季節がやってくるってことなのかな。鍵盤は重くなるけどね(;^_^A
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