葬送行進曲を弾きたい

考えたこと

空

10月20日に「ショパン国際ピアノコンクール」のファイナルが終わって、1カ月半が過ぎた。

魂がこちらからあちらに逝く瞬間

反田恭平さん2位、小林愛実さん4位という素晴らしい結果だったわけだけど、順位より何より、ショパンコンクールで聴いた音色の余韻が今もずっと残っている。

とくに反田恭平さんの3次予選での演奏を、私はあれから何度も聴いている。というより、聴かずにはいられない。

仕事をしながら音量を下げて流し、夕飯の支度をしながら、ときに音量アップにして聴いている。

なぜ3次予選かというと、目当てが「葬送行進曲」だから。

この曲、よくお葬式の曲としてドラマなどで耳にすることが多くて、あの出だしのところだけは、やたら有名だ。

だけど「そこから先は?」と問われると、正直、これまではよくわからなかった。

今回、3次予選の課題曲に「ピアノソナタ第2番」が入っていたから、1人50分間という持ち時間の中に、ソナタ第2番第3楽章の「葬送行進曲」を入れてくるコンテスタントが多かった。

だから、何度も聴いた。3次予選の二晩で、いったい何度聴いたことか。

そのたびに、なんて壮大な曲なのだろう……と思った。

これは単なるお葬式の曲じゃない。命の終わりのその瞬間、魂がこちらからあちらに逝く、その瞬間を謳い上げている曲だ。

涙が出るのはなぜ?

3次予選の中で幾度も聴いた「葬送行進曲」。皆、それぞれにすごくよかった。

だけど私は、反田恭平さんの「葬送」がいちばん響いた。だから、ショパンコンクールが終わって1カ月半経つ今も、反田さんの3次予選を聴き続けている。

とくに、曲の中盤、どこまでも静かに、そして優しく高らかに響くメロディーを聴いていると、何だかわからないけど涙が出る。

これはいったい何だろう。

悲しいような、嬉しいような、しんみりするような、ほっとするような……いろんな感情がごちゃ混ぜになって、そこから一筋の光が紡ぎ出されていくような、そんな感覚が静かに押し寄せる。だから、涙になるみたい。

何度も何度も聴いているうちに、ふと、私もこの曲を弾きたいと思うようになった。

「そりゃ、ムチャだよ」と瞬時に頭の中で打ち消したけど、やっぱり思う。

葬送行進曲を弾きたい。

だからきっと、無謀だけど、来年の終わりあたりに先生に言うと思う。「葬送行進曲を弾きたい」と。

先生、驚くだろうな。「マジですか?」って言うだろう。

「マジです」って答えよう。

 

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