マハさんとマリさんの『妄想美術館』

Bookエッセイ

本

本屋さんで過ごす時間が好きだ。

絶妙なお二人の共著本

町の本屋さんは残念ながら少なくなっていて、最近、立ち寄るのは、もっぱら駅ビルに入っている中型書店。でも、千葉に行くときは、必ず千葉そごう9階の三省堂(大型書店)へ行く。

ここはいつ来ても同じ本が並んでいることはない。変化があって、見て回るだけで、あっという間に時間が経つ。

先日は、さして目的もなかったので、いつものように文庫本コーナーをぶらぶら。そこから、新書コーナーをぶらぶら……

ある棚の前をのんびり通り過ぎた瞬間、後ろから紙の毛を数本、引っぱられたような感覚を覚え、後ろ向きのまま数歩、戻った。見逃してはならない文字が目をかすめた気がしたのだ。そして、その文字をつかまえた。

原田マハ・ヤマザキマリ という背表紙の文字を。

なんということだ! 大好きな作家二人の共著ってことか!

ここで初めて、タイトルに目をやった。

『妄想美術館』

すごいタイトル。思わず吹き出しそうになった。

マハさんとマリさん、それぞれが独自の世界観と視点と経験と……とにかくいろいろ持っていて、そのお二人が一つのテーマを挟んで語り合ったら、そりゃあ、抜群に面白いだろう。

対談形式の本は読みづらいので普段は敬遠するのだけど、これは別格だ!と思い、即購入。

対談本なんて、昔、塩野七生さんと五木寛之さんの対談本を買って以来かもしれない。数十年ぶり。あのときも、「これは別だ」と思って購入したことを懐かしく思い出した。

美術館は「友達の家」?

お二人は絵画に関する知識をふんだんに持っているけれど、「そんなものは関係ない!」と言わんばかりの「偏愛」っぷり。「好きかどうか、それだけ!」という思いがいっぱいに溢れていて、それが読んでいてどこまでも心地よく、こちらまでスカッとする。

ただ、そこには前提として「確たる知識がある」ことは見逃してはならないとも思った。知識があるからこそ、作品の背景も奥行きも理解している。だけど、「それが何か?」って感じなのだ、お二人とも。だから、潔くて気持ちいい。

お二人は、アートは「友達」で、美術館は「友達の家」だと話している(この本の中で)。

果たして私にとって美術館とは?

私も昔、上野にピカソ展や印象派展を観にいったけど、「はるばる日本に来ているのだから見とかなきゃ」的な感覚で足を運んだ感じだったし、長い行列の隙間からやっとの思いで見たピカソは「?」だった。女の人の絵が多く、ピカソが恋多き人だということはわかったけど。

そんなふうだから、美術館を「友達の家」と思ったことはない……たぶん。

私にも大好きな美術館があった!

あ、でも、二つだけ、ものすごく居心地のいい美術館があった。それは、箱根のポーラ美術館と倉敷の大原美術館。

どちらも1回ずつしか行ったことないのだけど。しかもどちらも15年ぐらい前のこと。なのに、爽やかな風が吹き抜けるような気持ちになったことを、すごくよく覚えている。

ポーラ美術館は、結婚前に母と二人で箱根旅行をして、そのとき一緒に行った。たしか小雨の日だったが、美術館に入ると自然光が優しく注いでいて、ずっとここにいたいと思ったことを覚えている。藤田嗣治展をやっていて、それがまた素敵だった。

大原美術館は出張の合間に(無理やり時間を作って)足を運んだ。仕事がなければ、たぶん1日中あそこにいただろうと思う。それぐらい居心地がよくて、しかも、そっと放っておいてくれる、そんなあったかい空間だった。

あらま、私、意外と美術館、好きじゃん。なんて、いまさら思ってみたり。しかも、この二つの美術館はマハさんとマリさんの話にも登場して、そのときばかりは、二人の話に割って入りたくなる衝動を覚えた。

対談本は決して得意ではないけれど、マハさん&マリさんの1冊は、お二人の極上のおしゃべりを聞かせていただいたような、そして、ちょこっとそこに「私も、私も」と割って入ったような、そんな読書体験だった。

やっぱり好きだな~、マハさんとマリさん。

 

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
↑ ブログ村のランキングに参加しています。応援クリックお願いします。