私たちは何もわかってない?!

考えたこと

夕暮れ

東京の1日の新型コロナ感染者数が50人を下回る日が続いている。こんなことは1年以上なかったのではないだろうか。

1年9カ月ぶりの再会

ここ1年近く、緊急事態宣言が出たり、延長されたりで、会おうとしては延期することを繰り返してきた友人と、先日、ようやく会うことができた。コロナ禍に入る直前、2020年1月に会って以来、1年9カ月ぶりの再会だった。

会えない間も、ときどきLINEを交換したり、zoomでおしゃべりもしたけれど、やっぱりLINEやzoomでは伝えられないことがある。同じ空間にいてこそ話せる種類のことがある。だから、やっぱり思った。やっと会えた、やっと話せた、と。

今、コロナ患者数が激減している日本では、こうした再会があちこちで実現しているのではないだろうか。今しかない、今のうちに……と。

またいつ、コロナが猛威を振るい始めるかわからない。なにしろ、なぜこのタイミングで、こんなに感染者が激減したのか、専門家をもってしても、誰一人、わからないのだから。

急増しているときは、密集を避けるとか、常に換気するとか、いよいよとなると家に篭るとか、いろん対策が呼びかけられた。けれど、これまでと暮らし方を変えたわけでもないのに、突然、こうも激減すると、もはやウイルスのほうが自らいなくなったか、どこかに隠れているのか、ぐらいしか想像できない。

この摩訶不思議、専門家にすら解明できないということは、現代の科学では太刀打ちできないということだろう。私たちにわかるワケもない。

「わからない」を受け止める

翻って思う。科学の力はすごい。がん細胞が免疫にブレーキをかける仕組みまで解明し、さらにそのブレーキを解除して自身の免疫力をパワーアップさせる治療法まで見つけ出した。人類はたしかにすごいと思う。

それは事実。だけど一方で、私たち人間はとてつもない勘違いをしているのかもしれない。

科学で解明できることは、きっとこの世の中のほんの小さな小さな一部分だけ。私たちは、心のどこかで、今はわかっていないことも、いずれは科学がすべてを解明できるかのように思っているのではないだろうか。少なくとも、人間に直接影響を及ぼす範囲においては、いつか人間がコントロールできるようになると信じてるような気がする。

「わからない」と「まだわかっていない」は似ているようで、実は違う。後者は、いずれ「わかる」ことが前提。そんな立ち位置から、人間は、地球を、自然を、世の中を見ているんじゃないかと、そんなことを、最近、ふと考える。

だとしたら、ときどき起こるとてつもない自然災害や、今回の感染爆発は、「違うんだよ!」「君たちは何もわかってない!」と、何かが私たちに伝えようとしているのかもしれない、なんて思ったり。

きっと人間がコントロールできることなんて、爪の先にも至らない微々たるもの。何もかも解明できるわけがない。わからないことを「わからない」と受け止めることも、実は大切なんじゃないかと思う。

なにはともあれ、会いたい人に心置きなく会える世の中であってほしい。唯、それだけを願う。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ シンプルライフへ
↑ブログ村の「ライフスタイルブログ」ランキングに参加しています。応援クリックお願いします。