40年ぶりのピアノ発表会

日々のこと

楽譜

ピアノを再開して3年半、今日、発表会でドビュッシーの「アラベスク第1番」を弾いた。

ドビュッシーを見つめ続けた7カ月

昨秋から4カ月半、この曲を弾き続けてきた。

さかのぼること昨年6月に「月の光」に出会い、そこから「アラベスク」へ。かれこれ7カ月間、ドビュッシーさんを見つめている。

それまでは、ずっとショパンばかり追いかけてきた。もちろん、今もショパンは大好き。だけど昨年、ドビュッシーを知り、作曲家によって世界観はこんなにも違うんだと感じてから、前よりもっとピアノを好きになったように思う。

そして今日、小さいながらも発表会の舞台で「アラベスク第1番」を弾くことができた。

思えば、発表会なるものは小学校6年生のときに出たのが最後だから、かれこれ40年ぶりってことだ。

暗譜もできてる(はず)。頭で確認しようとすると、あそこはどうだったっけ?とか、ごちゃごちゃ考えてしまい、不安にしかならない。実際、会場に向けて出発する直前に家でそれをしてしまい、いっきに不安になった。

やめた! 私の手が覚えているはず。信じよう。

そう自分自身に暗示をかけて、舞台に出た。

私の手、震えてる……

椅子の高さを確認して、着席したところまではよかった。

座った瞬間に、当たり前だけど、目の前の光景がいつもとあまりにも違っていた。

普段、練習しているのはアップライトのピアノだから、譜面を置かなければ、ピアノの黒い体躯が目の前に立ちはだかる。

それがいつもの光景であり、落ち着く状態だったんだということに、このとき初めて気づいた。

舞台上はグランドピアノ。かつ、譜面を置かないので、譜面台は倒され、目の前は見事に視界が開けていた。向こう側が見えてしまうのだ。かつ、照明ってのがあって、なんだか妙に明るくてまぶしい。

その瞬間までは一応、平常心(のつもり)だったのに、この状況で、いっきに緊張した。

一度、深呼吸して、ゆっくり手を鍵盤に載せると、自分でもわかるほど手が震えていた。

「震えてたら弾けないよー」(心の声)

だけど、今さら後には引けない。無理やり弾き始めた。……と思ったら、やっぱりすぐつっかえた。

「当たり前だよ、震えてるんだもん……」(心の声)

で、思い切って、いったん弾くのをやめた。

もっと弾いていたい

「背水の陣」とか「火事場の馬鹿力」とか、いくつかの言葉が文字となって頭の中を駆け巡った。と同時に、なぜか、そこで少しだけ肝が据わったように思えた。

「仕切り直すよ!」と自分に声をかけたような気がする。

正直、まだ手は少し震えていたけど、小さく息を吐いて、いつもの弾きなれたメロディーに没頭していった。

弾き進むうちに、視界が開けていることも、照明のまぶしさも気にならなくなっていった。ただ、大好きなドビュッシーの「アラベスク」を、Shigeru Kawaiという名のグランドピアノで演奏できていることが、なんだか夢のようだった。

アップライトとは全く違う音。キーンとした響きがほとんどなく、丸くて柔らかい音色だった。

終盤にくるころには、もっと弾いていたいと思ったけれど、4分30秒の曲は、やっぱり4分30秒で終わってしまった。

良い出来とはよもや言えない出来映えだったけれど、緊張しつつも、楽しめたことが嬉しかった。

次にいつかまた、舞台で弾く機会があったなら、もう少し、グランドピアノから眺める景色に慣れておこうと思う。

 

 

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